短編小説 掌の光

幾千年の時を越え地に降り注ぐ光あり。誰が言った言葉だろうか。夜空を見上げると思い出される不思議な出来ことがある。それは・・・

掌の中に、ほのかな光がある。海岸で拾ったものだ。淡い緑色と黄色の光を放っている。温もりは無いが何か生きているようだ。よくよく見ると、それは石ころようでもあり何かの卵のようでもある。しばらく手のひらでもて遊んでいた。そして大切に布に包み制服のポケットにいれた。

翌日、僕はそれを同じクラスの仲井君に見せた。

「スゲー、何これ」

「・・・わからない」

「人間に寄生する宇宙生物とか」

僕はそういわれるとそれをポケットにしまいこんだ。

「気をつけろよ。ある日突然殻が裂けて中から得体の知らないものがウジャウジャ出てきてきて、襲いかけたりしたらどうするんだ」

「そんなふうにはならない気がするんだよ。感じるんだこいつから」

「そうか。で、どうするんだそれ」

「しばらく持っているよ」

家に持ち帰り僕は自分の部屋の机の上にそっとポケットから取り出した。

「お前はいったい何なんだ」

その物体は、ただぼんやりと緑色の光を放っているだけで何も言わなかった。

拾ってから3日経った夕方。僕は妙な胸騒ぎを感じた。急いで家に帰り机の中にしまってある例の物体をとりだした。この前見たときよりも輝きが強くなっている。

<ウミ>

「え!?」

<ウミ へ イキタイ>

確かに聞こえたのだ。いや感じたのだ。耳から聞いた訳ではない。僕の心の中に直接語りかけてきたのだ。僕は少々驚いたが、それをポケットに入れた。

「どこ行くのぉ」

背後から母さんの声がした。

「散歩だよ」

「ご飯までに戻ってくるのよ」

僕は家を飛び出し海へと急いだ。僕の家から海岸まで十五分ほどの距離だ。その途中に仲井君の家がある。そうだ、彼も連れてこよう。僕は仲井君の家に付くとチャイムを押した。

「あした数学のテストだろ」

「いいから、ほんのちょっとだから」

「本当か、ちょっとだけだぞ」

無理矢理彼を誘い海岸に向かった。日はとっぷりと暮れて、満月が冬空にあった。僕等は防砂林のそばにしゃがみこんだ。僕はポケットからそいつを砂浜の上にそっと置いた。

やがてそれは波と呼吸を合わせるように強弱をつけて輝きはじめた。

「スゲー、キレイじゃん」

仲井君が思わず叫んだ。僕はじっとそいつを見ていた。

<アノ イワバ ニ ツレテ イッテ>

「き、聞いたか」

「ウン。聞いた」

僕はを大切にすくいあげて向こう側の岩場に連れて行った。

人気のない岩場につくと何やら気配を感じた。ここはいつもよく来る岩場だ。見た感じではなにも変わったところはないが、なぜか心がざわめきたつ。

僕と仲井君は顔を見合わした。ポケットの中のそれを静かに岩の上に置く。少し離れたところから眺めることにした。

さっきは持ってきたそのかけらから光だけがぼんやりと浮かび出た。そして辺りをゆっくりと旋回し始めたのだ。

するとどうだろう。岩のあちこちの割れ目から明滅が現れた。一つ、二つ、いやもっとだ。数えきれないほどの光る物体が現れはじめた。

まるでそそれはホタルの光のようである。ほのかな青白い光や、オレンジの光を放っている。

しばらくするとその光る物体の空の上方からも一斉に小さな光があらわれた。ふわあっと光が広がる様子は打ち上げ花火のようてもあり、いつかテレビでみた何かの海の生物の産卵のようでもある。

空から降り立った光と岩場の光ははまるでよちよち歩きをするかのように、ふわふわとあたりを動き回ってる。そして僕等に気がついたのか、その光がこちらに近づいてきた。ひとつ、ふたつと体に光がまとわりついてきた。

「人間クリスマスツリーだな」

「スゲーよ。これ。ほんとにスゲー」

僕達を取り囲むようにあたりに散らばった光がくっついた。何も言わずに僕等はその光が細波にあわせて呼吸をするように明滅を繰り返しているのを見ていた。

じゃれついたりしていた光はだんだんと体から離れてまたあたりに漂った。

「お前達は一体何なんだ」

僕がつぶやくと光は答えた。

<ボクラハ ヒカリ>

<ホシ ノ カガヤキ>

「それだけじゃ解からないよ。なぜここにいるんだ」

<タビ ヲ シテイル>

「どこへ旅をするんだ。」

<トオイ トオイ ソラノムコウ>

そう言うと、その光達は目の前でゆらりと螺旋状に回転を始めた。漂う光はまるで星雲のミニチュアのようだった。

そのあと、ゆっくりと僕等の回りを大きな円を描いて上昇しはじめた。

<マタ アエルヨ キット>

最後に彼らはそう言い残して速度をあげて夜空に旅立っていった。

「見たよな」

「ああ、見た」

僕等はその光が空にとけこんで見えなくなるまで茫然と見つめていた。

それから僕等はいまの出来事を理解できないまま無言で家ら帰った。

そして夕食に遅れた僕は両親にこっぴどく叱られたのだった。

次の日の放課後。部活が終わった帰り道、仲井君にあった。

「どうだった、数学のテスト」

「ああ、まあまあだったよ」

「いいよな仲井君は数学ができて。僕は最悪だったよ」

「そうかぁ?」

「ところで朝のニュース見たか」

「いいや」

「きのう隕石が発見されたんだって」

「それがどうしたんだ」

仲井君はやや興奮しながら話しを続けた。

「昨日見たあの光だよきっと」

仲井君の手に、新聞の切り抜きがあった。『謎の発光物体』とやや大きな見出しが踊っていた。

「次のところ見て」

新聞記事に指をさした。

『新発見の流星群急接近か。今度地球に近づくのが二十年後?』

仲井君はぽそっとつぶやいた。

「昨日のはそれなの」

「わからない」

「二十年後また会えるだろうか」

「きっと会えるさ」

僕達は昨日彼らと別れた海岸付近を歩いている。夕日が海と空を赤いペンキを吹き付けたようにぼんやりと染めていく。

「もし彼らにまたあえたらどんな話しをするんだろう」

「わからないなあ」

僕達は夕日が沈む海をずっと眺めていた。

・・・あれから何年か時が過ぎていった。もしかしたら少年の頃にしか見えない何かだったのかもしれない。